銀狼の笑み (バトルテック/メックウォーリアー裏設定) 安田ひろし

 メックウォリアTRPGでキャラクターを作るに際し、PCは皆−15CPの「宿敵」を選択しました。この作品は、その「宿敵」の設定です。それと、バトルテックの背景世界の紹介でもあります。

 この作品には、用語の間違い、資料の読み違え、キャラクターデータの写し間違いなどがあります。それを訂正するために注釈を末尾に入れました。


  ...ウルフ。偉大なるケレンスキーの子孫。栄誉あるその名はわれらのもの。300年の深淵を隔てた、地球の正統なる後継者。(※1)

 28世紀。アレクサンドル=ケレンスキー将軍は崩壊する星間連盟に見切りを付け、技術者・軍人・学者らを引き連れて人類の領域外へと姿を消した。これは第一エクソダスと呼ばれる。残された人々は5つの継承武王に分かれ、中心領域(地球を中心とした半径300光年の宙域=人類の全世界)の支配権をめぐって争った。世に言う継承権戦争である。戦争は決着がつかないまま4度にわたって行われ、3029年にいたる。

 5王家は現在4つに分かれている。すなわち、連邦共和国ライラ=ダヴィオン家(※2)、ドラコ連合クリタ家、カペラ大連邦リャオ家、自由惑星同盟マーリック家である。

 一方、アレクサンドル=ケレンスキーたちは5つの居住可能惑星を発見し、これにペンタゴンワールド(5惑星)と名を付けた。しかし、アレクサンドル=ケレンスキーの死後、その後継をめぐって内乱が起こる。この事態に際し、アレクサンドルの子ニコラス=ケレンスキーは第2のエクソダスを行い、ペンタゴンワールドを去った。そして20年後、氏族(クラン)という新しい社会体制とともに帰ってきたニコラスはペンタゴンワールドの支配権を得た。こうしてケレンスキーの子孫たちは全て氏族のシステムに組み込まれた。

 彼らは待った。5王家が互いに争い、疲弊するのを。絶え間ない戦争は文明を衰退させる。その衰退がピークに達し、新たな社会システムが構築される前。その間隙につけ込めば、氏族の力で地球を奪回し、星間連盟を再興することができるのだ。

 3005年。中心領域への本格侵攻を前に、氏族は情報収集部隊を送り込むことを決定した。17の氏族の中からウルフ氏族が選ばれた。こうしてウルフの精鋭1個ギャラクシー(中心領域の数えかたで1個連隊)(※3)が傭兵団に偽装して中心領域へ向かった。


「スターキャプテン(中心領域における大尉)エカテリーナ。君はシブコ(遺伝子兄弟)(※4)の中で最も優秀だ。そして最も残虐だな。私とともに来い。中心領域で暴れさせてやる」

「功績を立てろ。そうすればフェランやナターシャ(ともにウルフの有力者、後のウルフの汗)なぞ蹴落として、君がケレンスキーの氏姓を名乗ることもできるぞ(一つの氏族の中で氏姓を名乗れるのは25人だけ)」

 傭兵部隊ウルフ竜騎兵団が戦い続けた22年間、エカテリーナの前には常にインウーがいた。


 3027年。ウルフ竜騎兵団はクリタ家の旗の下、ダヴィオン家と砲火を交えていた。

「ロミオ1へ、ブラボー1より入電。お客さんを発見した。そちらから2時の方向、10キロだ。偵察兵からの報告では新兵ばかり、メック戦士養成校出(※5)が1機、他3機は配属されたばかりのヒヨコだ。編成はウォーハンマー、サンダーボルト、ランスロット、ローカスト。当該地域に他の部隊の活動は認められない。以上」

 クルセイダーの無線機が偵察部隊の声で喋るのをやめると、インウーは65トンの巨体を右に傾けた。

「小隊各員に通達。2時の方向10キロに七面鳥が4羽。射ちにいくぜ。ロマーニ、ついてこい。エカテリーナ副長はバブをつれて左から回り込め。相手は新兵だ、距離を取って動き回れば当たらん。その間にエカテリーナとバブは退路を断て。新兵なら、熱くなって自滅するか、恐くなって降伏するさ」


 丘のふもとの森を抜け、視界が回復すると同時に、視覚ではなく聴覚に刺激が与えられた。まるで森が音まで遮断していたようだ。重く響く爆発音。まだ砲声は続いている。メックの倒れる音。いま登っている丘の、頂上の向こうだ。

「副長!」ロバートが悲鳴とさして変わらない声を上げる。

「落ち着いて。丘を越える」言うが早いか、グリフィンのジャンプジェットを開く。数秒後にはエカテリーナは丘の頂上に立っていた。

 先ほどの爆発音の正体はすぐに分かった。主戦場のはるか向こうでロマーニのデルビッシュが黒煙を上げていた。弾薬に誘爆したのだろう。千切れた腕が数十メートルも離れて転がっている。緊急脱出も間に合わなかったのか、無残にひしゃげた操縦席と頭部を砕かれた死体が炎にあぶられていた。

 しかし、その惨状もエカテリーナの目に入っていなかった。彼女のすぐ足元で倒れたインウーのクルセイダーが起き上がろうとしている。それ以外は目に入らなかった。後から回想すればその回りにいる重量級メックにも気づいていたはずなのだが。

 次の瞬間、巨大な鋼鉄の脚が視界をふさぐ。新兵たちの操るメックがクルセイダーを踏みつけたのだ。数十トンもの重量を持つメックにとって、重量そのものが強力な武器である。さしものクルセイダーの重装甲ですら、異音を上げて歪む。

 彼女にはメックの機種すら識別できなかった。ただ目に入るのはくさび型の部隊章だけだった。何事かを叫びながら粒子ビーム砲のトリガーを引きしぼる。イオン化された空気に導かれてプラズマが敵メックのすぐそばの地面を焼く。再び振り上げられた脚が一瞬だけ止まる。しかし、次の瞬間、鋼の塊は傷ついたクルセイダーの操縦席の上に振り下ろされていた。

 くさび型のエムブレムが脚をどけると、操縦席のあった場所には、無残に押しつぶされた鉄の塊が残された。

 怒気とともにグリフィンのスロットルが全開にされる。丘を駆け下りようとするグリフィン。

 突然、ロバートのシャドウホークが行く手をふさいだ。

「どけ!」エカテリーナの怒声がシャドウホークを叩く。だが、ロバートはその意志を見せない。

「勝ち目がありません、副長。引き上げるべきです。ロマーニを見てください。あの距離で命中打を与えているということは、連中はただの新兵ではありません。そうみせかけた熟練兵に違いありません。」

 その時、2機と周囲の地面に新兵たちの射撃が次々に着弾した。確かに新兵の腕ではない。無線機を通してエカテリーナの歯ぎしりが聞こえてくる。

「引き上げる。」言葉を吐き捨てると、グリフィンは丘の反対側に姿を消した。続いてシャドウホークも。


「ロバート」

「はい」

「あいつらと再戦する機会は...」

「くさび型の紋章。ダヴィオン家に仕える傭兵部隊<栄光の戦士>所属のようですね。クリタ家に仕えている限りは、出会う機会はあるでしょう」

「そうか」

「副長。これは戦争です。あの新兵たちには何の罪も無いのですよ。隊長もロマーニも戦争に殺されたんです。誰かが2人を殺したわけじゃあないんです」

「そんな事は分かっている」それでも彼女の脳裏に写った、踏み潰された操縦席と炎にあぶられた死体は消えなかった。


 ジェイム=ウルフ・ウルフ竜騎兵団連隊長は宣言した。

「われらの任務は終了した。ペンタゴンワールドに帰還し、侵攻の準備を進めるのだ。四半世紀のうちには、再びこの世界に帰ってくるだろう。今度は支配者として」(※6)

 3028年、第四次継承権戦争勃発。ウルフ竜機兵団は任務を放棄し、惑星クロッシングに集結。同地でクリタ家の精鋭部隊を撃破した後、中心領域から姿を消す。3050年、氏族の侵攻開始。中心領域のメック戦士たちはサーペント、ゴーストベア、ジェイドファルコンなどの名にまじってウルフの名を見出すことになる。


 四半世紀? 私は今すぐ復讐が欲しいのだ。

 3028年。クリタ家ドラコ連合首星ルシエン。

「私の差し出すものは、ウルフ竜騎兵団が隠匿していた情報。そして、このメック戦士としての腕。あなたがたの提供するものは、復讐の機会。悪い提案ではないでしょう。」


※1 これはアレクサンドル=ケレンスキーではなく、ウルフ氏族に所属した(そして後にウィドウメイカーの騒乱で虐殺された)のはニコラス=ケレンスキーの方です。

※2 正確にはシュタイナー=ダヴィオン家です。ライラは合併前のシュタイナー家の国名です。

※3 1個ギャラクシーは1〜6個連隊にあたります。ちなみにウルフ竜騎兵団の兵力はホフ戦役終結時(3023年)で5個連隊でした。出立時にはもっと多数の兵力だったでしょう。

※4 シブコは遺伝子兄弟そのものを表わす言葉です。ここでは同じ遺伝子兄弟のグループに属することを表わす語シブキンが正しい。また、ウルフ竜騎兵団はフリーバース(自然出産=シブコではない人々)だけで構成された部隊です。

※5 小隊長アルル=F=メロディは大学出でした。

※6 このとき、ウルフ竜騎兵団はドラコ連邦から離れただけで、氏族には帰還していませんでした。また、ウルフ氏族の首都は「ケレンスキーの星団」内のストラーナメクティです。ペンタゴンワールドではありません。



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